見送りを記録しない人は、同じ場所で何度も入る

見送りも判断であり、入ったトレードより情報が多い。3行だけ残す手続きと、それが同じレベルに3度目に触れたときの指を止める理由について。

先週引いた水平線に、価格が3度目に触れている。

1度目は見送った。反応が弱かった。2度目も見送った。上位足が逆を向いていた。そして3度目、同じ線、同じ弱さで、指が動く。「さすがにそろそろだろう」。ジャーナルを開いても、そこには何も書かれていない。見送りは記録されないからだ。

残っているのは、入ったトレードだけ。だから見返しても、この線で自分が何を待っていたのかは分からない。分かるのは、いま目の前に線がある、ということだけ。

見送りは「判断の不在」ではない

見送りは判断だ。しかも、入るという判断より情報量が多い。入ったトレードは「揃った」としか言わない。見送りは「何が欠けていたか」を名指しする。欠けていたものの一覧こそが、自分のルールの実物だ。書いてあるルールは建前で、断った理由の集合のほうが本音に近い。それを毎回捨てている。

捨てると何が起きるか。まず、記憶が減衰する。同じレベルを3度見れば、3度目の抵抗感がいちばん薄い。理由は単純で、見慣れるからだ。条件は1度目と何も変わっていないのに、こちら側だけが疲れている。この疲れは自覚できない。だから外に置くしかない。

もう一つ。見送りを数えないと、自分の絞り込みが効いているのかどうかが永久に分からない。数えているのは通した候補だけで、通さなかった候補がその後どうなったかは手元にない。検証(ブートキャンプ第10章)は、見送りを数えていないと片側しか見ていないことになる。

3行でいい

見送ったら、その場で3行だけ残す。

- 場所 — どのレベルか。日付ではなく、線の正体で書く(週足のPOC、直近安値、0.66の帯) - 欠けていたもの — 1つだけ。複数書くと、後で読んだときに焦点が消える - 揃う条件 — 「何が起きたら次は入るのか」を、その場で言葉にしておく

この3行があると、3度目の判断が変わる。指が動く前に、自分が2度、同じ理由で断ったという事実を読むことになるからだ。条件が本当に変わったなら入ればいい。変わっていないなら、変わったのは相場ではなく自分だと分かる。

そして、同じ場所の見送りが何度も並んだら、それはルールの側の情報でもある。毎回わずかに足りない条件があるなら、そのレベルが型と合っていないか、条件が厳しすぎるか、どちらかだ。どちらなのかは、記録がなければ議論にすらならない。

入らなかった日の記録は、入った日の記録より速く効いてくる。

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※ この記事は情報提供および学習を目的としたもので、投資助言・勧誘ではありません。取引の判断はご自身の責任でお願いします。

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